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2020年5月14日

キムタク伝説

違うブログで

クリスマスソングについてのブログを書きました。

皆さんのクリスマスソングはなんですか?

僕はやっぱり

竹内まりやです。

今はケンタッキーソングが

クーリスマスが今年もやってくるー♪

ですが

違うんでうす。
昔は

今夜はHearty Partyという曲が流行っていたんです。

僕は当時小学生、


この曲の最初でささやく男性がキムタクだとは知らず。。。。


誰やねんと。

曲の最後でも

キムタクさえ霞むような男捕まえたいと言ってる

この女性は

誰やねんと

一人で突っ込んでいました。

しかも

当時キムタクを知らない

齋藤。

そして

後に

夜空のムコウが出たあたりでキムタクを知ります。ww

キムタクって

この人だ!!

そして母から言われます。

『あんたが好きなクリスマスの歌に出てくる人よ』

えー

みたいな感じになり

そこから

クリスマスといばこの曲になりました、

そして、時は流れ

さらに凄いことを知ることになります。

ここからは

ラジオから抜粋です。


当時の裏話を10月31日放送のラジオ「WHAT'S UP SMAP!」で木村本人が語った。


 竹内本人のライナーノートによると、「キムタク」というキーワードを入れた歌詞なら、本人の台詞が入れば面白いだろうと考え、事務所にダメ元で依頼したところあっさり快諾。数日後、木村本人が四輪駆動車を運転し、たったひとりでふらりとスタジオにやってきたという。

 曲の冒頭、「ねぇ、パーティへおいでよ」をはじめ、10テイクほどのセリフは難なく撮り終え、その後、コーラスにも参加。当時の木村は、若干22歳。左側に山下達郎、右側に竹内まりやという大御所に挟まれ、普通なら萎縮してしまってもおかしくない状況だが「オレ、真ん中で、やったんですよ。1本マイクで。そうなったらもう、楽しむしかないじゃないですか♪」と平然と参加したというから、さすがだ。

 ラスト、ディレクター席に座った山下達郎から「あともうひとつ頼みたいんだけど......『愛してるよ』って言ってもらえるかな?」と依頼され、「『愛してるよ、ですか!?』っていう、ね、気持ちにはなったんですけど、断る理由、まずないんですよ。なので『あっ、はい』って」と、恥ずかしい気持ちを押し殺しつつ、3テイク、マイクを見ながら囁いたのだとか。

 竹内も、この日の思い出を「達郎と3人で、コーラスをしながら、笑顔で踊っているのを見て、やっぱりタダモノではないぞ、と驚かされた楽しい夜でした」と振り返っている。うーん、確かに。当時からキムタクはやっぱり"大物"だったようだ。


これ聞いて


やっぱり

キムタクは

すごかったなと


思いました、


でもこの何気ない一曲が

僕の

好きなアーティストに変化もたらすんですよね。

小田和正や
浜田省吾

サザン

小学生で

かたっぱしから

ツタヤでレンタルです

やっぱり

当時から好奇心探究心が強く

竹内まりやの旦那さんが山下達郎としり

そこからはまるはまる

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キムタク伝説でした。

齋藤

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